人生では訓練と教養が不足したためにどんなに素質がゆがめられるものかということはだれでも知っているとおりであるが、精神病質的につよい感動性があると、そういう才能の素質を発展させ、拡大させ、深化させるバネとなることができる。精神病質的な人はごくわずかな刺激にも反応して体験するので、彼の経験は拡大され、血の中のざわめき、不安、次々と変転する気分状態は多くの事物を体験させたり吟味させたりする。こうして、回帰するもの、恒常的なもの、本質的なものに対する眼がとぎすまされる。表象生活が大幅にゆれる性質、いつでも刺激に飢えている性質、あたらしいものに対する好奇心をもった精神病質者は、したがって数多くの領域の秘密をのぞきこむことができ、また一方これまでかくされていた自分の資質をさがしだせるのである。こうしてはるかへだたったさまざまの領域が一つの心のなかで結合され、境界科学や境界芸術が進歩のための重要なみなもととして突然わきだしてくる。この人たちにそなわった猪突的な感情生活、偉大な非合理性、自制の欠如、それからひきおこされるいろいろな結果がかさなって、ほかの人では到底のぞめないような経験ができあがるのである。
第二の助長――精神病質であることはなやむことであり、彼の自己自身が永遠につづく不快の源泉でもある。彼は自己の気分になやみ、自己の意志の不安定に苦しむ。劣等感が他人の弱点に対する眼をするどくさせ、不満によって他人と自分とを比較する。もともと比較は知能の本質的な機能であるが、たとえば身体の不具のためにひとからとがった批評をうけた場合を考えてみればわかることだが(リヒテンベルクの場合がそれ)、悲しい経験は悔みの念をよびさまし、悔みはよりふかくその体験に眼を向けさせて反省をうながす。そうした暗い根本気分、物事を悲観的にとる受けとり方をとおして、はじめて多くの問題に真の厳粛さがあたえられ、存在の間隙と深淵に対して眼がひらく。鷲のような眼をもつこの苦悩が認識のために価値をもち、作品に対する拍車としての価値をもつことはうたがう余地がない。
さらに第三の効用がある。精神病質者は夢想幻想への傾向をもち、彼の心はすぐ飛びまわりはじめ、地面をはなれることができるので、観念の流動性、あたらしい観念の連合に富んでいる。ただしそのためには、合理性――つまり理性と悟性の力が、幻想界への没入を制御できるだけ十分につよくなければならない。
ここでことわっておきたいが、私どもは「天才的」という形容詞を高度の創造的才能として今あつかっているのであって、社会学的な意味の天才とは別の角度からみているわけである。そこでまず第一に狭義の「天才的」なものとして、物と物の関係を洞察する才能と発明的な思考力をあげることができよう。ある人をほかの人よりも創造的にするものは、夢の層と合理の層を迅速に振動させて合奏させるという能力で、無形の混沌とした思考が、発生と同時に理性のふるいにかけられて形をえるのであるが、こうした思考様式が、完全な健康人の場合よりも資質にめぐまれた精神病質者の場合の方が多いのはうたがいえないことだし、このような思考様式が芸術的創作にとって有利なものだということも説明するまでもない。
それから天分にめぐまれた精神病質的な人は、環境の精神性、つまり時代精神というものをしらずしらずの間に容易に感受できるもので、いわば幾千のほそい水脈をとおして、時代の脈搏のざわめきをききとり、彼が抑制というものを知らぬ表現芸術家であるときには、その時代の歌をかるがると歌いあげることができよう。
W.ランゲ=アイヒバウム著 島崎敏樹、高橋義夫、 訳『天才』みすず書房、2000、P130-133より抜粋
タグ: 病跡学 精神医学
2015年1月13日火曜日
2014年12月10日水曜日
円谷幸吉の遺書
今や、円谷幸吉を知らない若者は多いかも知れない。しかし記憶している人も多いだろう。
彼のよく知られた遺書がWikiに掲載されているから引用してみよう。確かに玄人の詩人には書けない真実があって、私などは胸うたれるものがある。
遺書の全文(原文ママ)
------------------------------
父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。
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余談だが、川端康成や三島由紀夫は此の遺書を褒めている。
しかし石原慎太郎は彼の著書『わが人生の時の人々』だったと記憶しているが、川端や三島の此の遺書への「共感」を批判、というまででもないが、少し反論している。
川端や三島は真のアスリートの心情を知らないのではないか、と石原は書いていた。
いずれにせよ、この遺書は、たとえ今の若者たちが知らなくても、何かの機会で知れば、恐らく、私同様に 「ジンとくる」 ものがあるだろう。
彼のよく知られた遺書がWikiに掲載されているから引用してみよう。確かに玄人の詩人には書けない真実があって、私などは胸うたれるものがある。
遺書の全文(原文ママ)
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父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。
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余談だが、川端康成や三島由紀夫は此の遺書を褒めている。
しかし石原慎太郎は彼の著書『わが人生の時の人々』だったと記憶しているが、川端や三島の此の遺書への「共感」を批判、というまででもないが、少し反論している。
川端や三島は真のアスリートの心情を知らないのではないか、と石原は書いていた。
いずれにせよ、この遺書は、たとえ今の若者たちが知らなくても、何かの機会で知れば、恐らく、私同様に 「ジンとくる」 ものがあるだろう。
2014年11月17日月曜日
梁塵秘抄
遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。
舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。
仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給ふ。
舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。
仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給ふ。
高市黒人(たけちのくろひと)の羇旅歌
何処(いづく)にか船泊(ふなは)てすらむ 安礼(あれ)の崎
漕ぎ回(た)み行きし 棚無小舟(たななしをぶね) (万葉集巻一、五八)
旅にしてもの恋(こひ)しきに やましたの
朱(あけ)の赭船(そほぶね) 沖に漕ぐ見ゆ (同巻三、ニ七〇)
(注:「赭船」とは赤い色の土を塗った船のこと)
率(あども)ひて漕ぎ行く船は 高島の安曇(あど)の水門(みなと)に
泊(は)てにけむかも (同巻九、一七一八)
2014年10月19日日曜日
ゲーテの言葉
いかにして人は己を知ることを得べきか。省察をもってしては決して能わざらん。されど行為をもってしてはあるいはよくせん。汝の義務を果たさんと試みよ。やがて汝の価値を知らん。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり。
(森鴎外訳『妄想』より)
(森鴎外訳『妄想』より)
2014年10月9日木曜日
春望 杜甫 作
春望 杜甫 作
くにやぶ さんがあ国破山河在 国破れて山河在り
しろはる そうもくふか
城春草木深 城春にして草木深し
とき かん はな なみだ そそ
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺ぎ
わか うら とり こころ おどろ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
ほうかさんげつ つら
烽火連三月 烽火三月に連なり
かしょばんきん あた
家書抵萬金 家書萬金に抵る
はくとう か さら みじか
白頭掻更短 白頭掻かけば更に短く
す しん た ほっ
渾欲不勝簪 渾べて簪に勝えざらんと欲す
くにやぶ さんがあ国破山河在 国破れて山河在り
しろはる そうもくふか
城春草木深 城春にして草木深し
とき かん はな なみだ そそ
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺ぎ
わか うら とり こころ おどろ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
ほうかさんげつ つら
烽火連三月 烽火三月に連なり
かしょばんきん あた
家書抵萬金 家書萬金に抵る
はくとう か さら みじか
白頭掻更短 白頭掻かけば更に短く
す しん た ほっ
渾欲不勝簪 渾べて簪に勝えざらんと欲す
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