今や、円谷幸吉を知らない若者は多いかも知れない。しかし記憶している人も多いだろう。
彼のよく知られた遺書がWikiに掲載されているから引用してみよう。確かに玄人の詩人には書けない真実があって、私などは胸うたれるものがある。
遺書の全文(原文ママ)
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父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿
もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒
リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。
喜久造兄姉上様
ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄姉上様
往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。
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余談だが、川端康成や三島由紀夫は此の遺書を褒めている。
しかし石原慎太郎は彼の著書『わが人生の時の人々』だったと記憶しているが、川端や三島の此の遺書への「共感」を批判、というまででもないが、少し反論している。
川端や三島は真のアスリートの心情を知らないのではないか、と石原は書いていた。
いずれにせよ、この遺書は、たとえ今の若者たちが知らなくても、何かの機会で知れば、恐らく、私同様に 「ジンとくる」 ものがあるだろう。