遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。
舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん。
仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給ふ。
2014年11月17日月曜日
高市黒人(たけちのくろひと)の羇旅歌
何処(いづく)にか船泊(ふなは)てすらむ 安礼(あれ)の崎
漕ぎ回(た)み行きし 棚無小舟(たななしをぶね) (万葉集巻一、五八)
旅にしてもの恋(こひ)しきに やましたの
朱(あけ)の赭船(そほぶね) 沖に漕ぐ見ゆ (同巻三、ニ七〇)
(注:「赭船」とは赤い色の土を塗った船のこと)
率(あども)ひて漕ぎ行く船は 高島の安曇(あど)の水門(みなと)に
泊(は)てにけむかも (同巻九、一七一八)
2014年10月19日日曜日
ゲーテの言葉
いかにして人は己を知ることを得べきか。省察をもってしては決して能わざらん。されど行為をもってしてはあるいはよくせん。汝の義務を果たさんと試みよ。やがて汝の価値を知らん。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり。
(森鴎外訳『妄想』より)
(森鴎外訳『妄想』より)
2014年10月9日木曜日
春望 杜甫 作
春望 杜甫 作
くにやぶ さんがあ国破山河在 国破れて山河在り
しろはる そうもくふか
城春草木深 城春にして草木深し
とき かん はな なみだ そそ
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺ぎ
わか うら とり こころ おどろ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
ほうかさんげつ つら
烽火連三月 烽火三月に連なり
かしょばんきん あた
家書抵萬金 家書萬金に抵る
はくとう か さら みじか
白頭掻更短 白頭掻かけば更に短く
す しん た ほっ
渾欲不勝簪 渾べて簪に勝えざらんと欲す
くにやぶ さんがあ国破山河在 国破れて山河在り
しろはる そうもくふか
城春草木深 城春にして草木深し
とき かん はな なみだ そそ
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺ぎ
わか うら とり こころ おどろ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
ほうかさんげつ つら
烽火連三月 烽火三月に連なり
かしょばんきん あた
家書抵萬金 家書萬金に抵る
はくとう か さら みじか
白頭掻更短 白頭掻かけば更に短く
す しん た ほっ
渾欲不勝簪 渾べて簪に勝えざらんと欲す
PETER HANDKE, "LIED VOM KINDSEIN"
PETER HANDKE, "LIED VOM KINDSEIN"
1. Strophe
Als das Kind Kind war,
ging es mit hängenden Armen,
wollte, der Bach sei ein Fluß, der Fluß sei ein Strom,
und die Pfütze das Meer.
Als das Kind Kind war, wußte es nicht,
daß es Kind war,
alles war ihm beseelt, und alle Seelen waren eins.
Sah den Horizont, ohne sich hinzuflüchten,
konnte sich nicht beeilen,
und nicht auf Befehl und auch nicht vorsätzlich denken.
Als das Kind Kind war,
hatte es von nichts eine Meinung,
hatte keine Gewohnheit,
saß oft im Schneidersitz, lief aus dem Stand,
hatte einen Wirbel im Haar
und machte kein Gesicht beim Photographieren.
第1章
子供は子供だった頃
腕をブラブラさせ
小川は川になれ 川は河になれ
水たまりは海になれ と思った
子供は子供だった頃
自分が子供とは知らず
すべてに魂があり 魂はひとつと思った
子供は子供だった頃
なにも考えず 癖もなにもなく
あぐらをかいたり とびはねたり
小さな頭に 大きなつむじ(```)
カメラを向けても 知らぬ顔
2. Strophe
Als das Kind Kind war, war das die Zeit der folgenden Fragen:
Warum bin ich ich, und warum nicht du?
Warum bin ich hier, und warum nicht dort?
Wann begann die Zeit. und wo endet der Raum?
Ist das Leben unter der Sonne nicht bloß ein Traum?
Ist, was ich sehe und höre und rieche,
nicht bloß der Schein einer Welt vor der Welt?
Gibt es tatsächlich das Böse, und Leute,
die wirklich die Bösen sind?
Wie kann es sein, daß ich, der Ich bin,
bevor ich wurde, nicht war,
und daß einmal ich, der Ich bin,
nicht mehr Der-ich-bin sein werde?
第2章
子供は子供だった頃
いつも不思議だった
なぜ 僕は僕で 君でない?
なぜ 僕はここにいて そこにいない?
時の始まりは いつ?
宇宙の果ては どこ?
この世で生きるのは ただの夢
見るもの 聞くもの 嗅ぐものは
この世の前の世の幻
悪があるって ほんと?
いったい どんなだった
僕が僕になる前は?
僕が僕でなくなった後
いったい僕は 何になる?
1. Strophe
Als das Kind Kind war,
ging es mit hängenden Armen,
wollte, der Bach sei ein Fluß, der Fluß sei ein Strom,
und die Pfütze das Meer.
Als das Kind Kind war, wußte es nicht,
daß es Kind war,
alles war ihm beseelt, und alle Seelen waren eins.
Sah den Horizont, ohne sich hinzuflüchten,
konnte sich nicht beeilen,
und nicht auf Befehl und auch nicht vorsätzlich denken.
Als das Kind Kind war,
hatte es von nichts eine Meinung,
hatte keine Gewohnheit,
saß oft im Schneidersitz, lief aus dem Stand,
hatte einen Wirbel im Haar
und machte kein Gesicht beim Photographieren.
第1章
子供は子供だった頃
腕をブラブラさせ
小川は川になれ 川は河になれ
水たまりは海になれ と思った
子供は子供だった頃
自分が子供とは知らず
すべてに魂があり 魂はひとつと思った
子供は子供だった頃
なにも考えず 癖もなにもなく
あぐらをかいたり とびはねたり
小さな頭に 大きなつむじ(```)
カメラを向けても 知らぬ顔
2. Strophe
Als das Kind Kind war, war das die Zeit der folgenden Fragen:
Warum bin ich ich, und warum nicht du?
Warum bin ich hier, und warum nicht dort?
Wann begann die Zeit. und wo endet der Raum?
Ist das Leben unter der Sonne nicht bloß ein Traum?
Ist, was ich sehe und höre und rieche,
nicht bloß der Schein einer Welt vor der Welt?
Gibt es tatsächlich das Böse, und Leute,
die wirklich die Bösen sind?
Wie kann es sein, daß ich, der Ich bin,
bevor ich wurde, nicht war,
und daß einmal ich, der Ich bin,
nicht mehr Der-ich-bin sein werde?
第2章
子供は子供だった頃
いつも不思議だった
なぜ 僕は僕で 君でない?
なぜ 僕はここにいて そこにいない?
時の始まりは いつ?
宇宙の果ては どこ?
この世で生きるのは ただの夢
見るもの 聞くもの 嗅ぐものは
この世の前の世の幻
悪があるって ほんと?
いったい どんなだった
僕が僕になる前は?
僕が僕でなくなった後
いったい僕は 何になる?
2014年10月6日月曜日
落葉 ポ-ル・ヴェルレーヌ
落葉
上田敏 『海潮音』より
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
上田敏 『海潮音』より
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
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