2015年2月28日土曜日

『太陽と肉体』(アルチュール・ランボー、訳者不明)

愛情と生命の根源たる〈太陽〉は、
歓喜する大地に焼けるような愛を注ぎ込む、
そうして、谷間に横たわるならば、感じるのだ、
大地は妙齢であり、血が漲り溢れているということや、
霊魂によって情熱を掻き立てられたその無量の胎内は、
神のごとく愛に満ち、女のごとく血の通った人間であるということを、
そうして太陽は精気と光線を孕み、
ありとあらゆる萌芽のひしめきを内部に秘めている!

万物は成育し、丈も伸びゆく!
                       ── おお ヴィーナスよ、おお女神よ!
ぼくは古代の青春の時代を懐かしむ、
好色なサテュロスたち、獣のような牧神たちの時代を、
愛のために小枝の樹皮を噛み、
睡蓮の繁みにて黄金色の髪の〈ニンフ〉に接吻をした神々を!
ぼくは懐かしむ。世界の樹液が、
大河の水が、若木の薔薇色の血が
牧神の血管に宇宙を配していた時代を!
その山羊の脚のもとに、青々とした地が鼓動していた時代を。
その唇が冴え渡ったパンの笛にふんわりと触れながら、
大空のもとで愛の大賛歌を妙なる調べで奏でていた時代を。
原野にたたずむ牧神が、その呼びかけに生きた〈自然〉が
応じるのを辺りに耳にしていた時代を。
物言わぬ樹々がさえずる鳥をそっと揺さぶり、
大地は人間を揺さぶりあやし、遍く碧き〈大洋〉も
そうして百獣も神の御許にあることを愛し、愛していた時代を!

ぼくは偉大なるキュベレーの時代を懐かしむ
女神は巨大な青銅の二輪馬車に乗って、極めて壮観にして見目麗しく、
光り輝く壮麗都市を端から端まで巡っていたというのだ。
その双の乳房より成る胸は尽きぬ生命の、まじりけのない流れを
無限の広がりに撒き散らしていたのだった。
〈人間〉は喜悦に満ち、幼子のようにその膝で戯れながら、
その祝福された乳房を吸ったものである。
── なぜなら、〈人間〉は強かったのだ。清らかな魂と肉体を持ち、温和であった。

ああ、なんたることだ!今や人間は口にする。私は事物を弁えている、と。
そうして行くのである、目を閉じて、耳を塞いで、
── それでも、もう神々はいない!もう神々は!〈人間〉は〈王〉であり、
〈人間〉は〈神〉なのだ!だが〈愛〉は、これこそが偉大な〈信仰〉である!
おお!もしも人間が今なおおまえの乳房を求めていたらなあ、
神々と人類の偉大なる母、キュベレーよ。
もしも人間が不死のアスタルトを見捨てていなかったならば
波が芳しい香で包んだ肉の花たる女神は
かつて碧い海原の渺茫たつ水の面の輝きから現れ出て、
泡が雪と散るその薔薇色の臍を晒し、
勝ち誇った黒い大きな眼をした女神は
森にはナイチンゲールを人の胸には愛を歌わせたのだった。

        Ⅱ

ぼくはおまえを信じる!ぼくはおまえを信じる!崇高なる母よ、
海から出でしアフロディテよ!── おお!道のりは嶮しいのだ
別の神が我等をその十字架に縛りつけて以来。
〈肉体〉、〈大理石〉、〈花〉であるヴィーナスよ、ぼくが信じるのはおまえだ!
── そう、人間とは惨めで醜いものだ、広漠たる空のもとで惨めに暮らしている。
人間は衣をまとう、もはや純潔ではないゆえに、
神から授かったその高潔な胸を穢したゆえ、
そうして、そのオリンピアの神々の身体を、火にくべられた偶像のごとく、
汚らわしい奴隷の身分へと萎縮させてしまったゆえに!
そう、死後でさえ、蒼ざめた骸骨となって、
最初の美を罵りながら生き長らえたいのだ!
── そうして、〈男〉がその哀れな魂を照らし出し、
無限の愛を感じながら、地上の牢獄から陽光の美へと
ゆっくりと登ってゆくことができるように、
おまえがあれほど多くの処女性を纏わせ、
〈女〉として我等の粘土を神と崇めた偶像、
女はもはや娼婦である術すら心得ていないのである!
── こいつはよく出来た笑劇だ!そうして、世界は嘲笑するだろう
偉大なるヴィーナスの甘美で聖なる名において!

        Ⅲ

時代が戻ってきたらなあ、かつて来たりし時代が!
── 何となれば、〈人間〉は終わってしまったから!〈人間〉はあらゆる役割を演じたものだ!
偶像を破壊することに疲れ果て、白日のもとに、
人間は甦ることだろう、その一切の〈神々〉から解放されて、
そうして、天に属しているゆえに、万天を探ることだろう!
〈理想〉や、打ち破れぬ永遠なる観念、
人間の肉の粘土をまとって生きている神すべては
昇るだろう、立ち昇るだろう、その頭のうちでは燃えるだろう!
そうして、人間が幾多の古い軛を軽蔑し、不安から解放されて
あらゆる展望を探っているのをおまえが眺める時、
おまえは人間に聖なる贖罪を与えにくることだろう!
── まばゆく、光り輝き、大海原の内懐に抱かれて、
おまえは、無限の笑みのうちに、広大無辺の宇宙に
無限の〈愛〉を投げかけながら立ち現れるだろう!
世界は無量の接吻に戦慄いて
巨大な竪琴のごとく打ち震えるだろう

── 世界は愛に飢えている。おまえが癒しにくるだろう。
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            Ⅳ

おお、肉体の燦然たる輝きよ!おお理想的な光輝よ!
おお、甦った愛情に、華々しい黎明よ
その時、〈神々〉や〈英雄〉たちを足許に従えて、
美しい尻の白きアフロディテと小さなエロスは、
雪と撒かれた薔薇に覆われ、女たちや、その綺麗な足許に
咲く花々にそっと触れることだろう!
おお、高貴なるアリアドネ、おまえは浜辺ですすり泣く。
テセウスの帆船が太陽の光を浴びて、真白く、あそこ、海原を
速やかに滑り去るのを目の当たりにして、
おお、一夜が打ち砕いてしまった優しき純粋な娘よ、
泣き止んでおくれ!黒い葡萄で飾り立てられた
黄金の馬車に乗ったディオニュソスは好色な虎や
朽葉色の豹の群を掻き分けてフリギアの野を乗り回し
青い大河沿いの黒ずんだ苔を赤く染める。
── 〈牡牛〉に化けたゼウスはその首に乗せたエウロペの裸体を
幼女をあやすように揺さぶっている。エウロペはその白い腕を、
波のなかで胸昂ぶらせた〈神〉の筋骨逞しい首へと投げかける。
神はその惚けた眼差しをエウロペの方へと鷹揚に向けてゆく。
エウロペは花の盛りの蒼白い頬をゼウスの額へと
引き寄せられるまま、その眼は閉ざされ、神の
接吻のうちに消え入らんばかり、そうして、
ざわめく波が彼女の髪を金色の泡の花で飾り立てる。
── 夾竹桃とおしゃべりな白蓮の間を
夢心地の巨きな〈白鳥〉がうっとりと愛に溺れて滑ってゆく。
その翼の幾重もの純白の中にレダを抱きしめながら。
── そうして、驚くほどお美しいキュプリス女神が、
その腰の見事な丸みのある線を弓形に反らせながらお通りになって、
巨きな乳房の黄金色と黒い飛沫に縫い取られた
白雪のような腹を誇らかに見せびらかしている間に、
── 〈猛獣使い〉たるヘラクレスは栄誉と強さの証として
その巨大な体躯に獅子の皮を巻きつけ、恐ろしい、
けれども愛情に満ちた面差しをして地平線めざして進んでいる!

夏の月にぼんやりと照らされて、一糸纏わぬ姿で佇み、
その重たげに波打つ長い藍髪が染みをつけた
金色に染まった蒼白な顔で夢見ながら、森の精は
星をちりばめたように苔光る薄暗い林間の空地で
沈黙の空を眺めている…
── 白きセレネはベールをたなびかせるままに、
美しきエンデュミオンの足許に、おずおずと不安げに降り立って、
一条の蒼白い光のなかに接吻を投げかける…
── 水の精が遠くで長き忘我の境地のさまに泣いている…
あれはニンフだ。壺に肘を置き、その波が抱きしめた
綺麗な色白の若者のことを夢見ているのは。
── 夜の間に愛のそよ風がひと吹きして、
神聖なる森では、見るも恐ろしく聳える大樹のなか、
〈神々〉である黒ずんだ〈大理石像〉が厳かに佇んでいる。
神々の額には〈鷽〉が巣を作っており、── 〈神々〉は
〈人間〉と終わりのない〈世界〉に耳を傾けている!

アルチュール・ランボー
 70年5月